この記事でわかること
- 360度ツアーの効果として出回っている数字の多くは「使ってみたいか」を聞いた意向調査で、予約や成約を測ったものではないこと
- 一次資料まで確認できた6つの発表元・7件の調査と、それぞれに付いている条件・限界
- 自分の物件でツアーの効き目を確かめるための、比較のしかたと期間の取り方
結論から:効果を数字で断言できる材料は乏しい
「360度ツアーを載せると問い合わせが何倍に」という類の数字は、検索すればいくらでも出てきます。ただ発表元まで遡ろうとすると、多くは制作業者のブログで止まるか、リンク先が別の業者記事に戻る循環参照でした。効果を数字で示した調査のうち、発表元そのものの資料に到達できたのは6つの発表元・7件です(このほか、事例として読むRICOHの導入事例と、認証済み写真を扱った査読論文1件も原典に当たっています)。
しかもその多くは「使いたいと思うか」を聞いたアンケートで、実際の予約数を測ったものではありません。読むときは「意向(〜したい)」と「行動(〜した)」を分けてください。前者は、そう答えた人が本当にそう動くとは限りません。
一次資料で確認できた6つの発表元・7件の調査
以下は米国と日本の、賃貸・住宅売買・ホテルや飲食店の掲載・民泊にまたがるデータです。対象も国も業態もばらばらなので、日本の民泊やレンタルスペースにそのまま当てはまる保証はありません。民泊を直接扱っているのは最下段の査読論文だけです。Apartments.comだけ調査が2本あるため、発表元は6つで表は7行になります。
| 発表元 | 数字 | 前提と限界 |
|---|---|---|
| 写真+バーチャルツアー付きの掲載は興味を持たれる可能性が2倍 | 2015年7〜8月・消費者1,201人への意向調査(調査国の記載なし)。対象はGoogleマップ上のホテル・レストランの掲載で、不動産物件ではない | |
| Zillow | 掲載中物件の閲覧+43%・保存+49%・共有+47% | 脚注に「Zillow内の優遇表示込み」。件数・期間は非公表 |
| Apartments.com | 回答者の81%が3Dバーチャルツアーの利用に関心があると回答 | 2025年5月・賃貸への引っ越しを予定している米国人2万人の意向。同社は賃貸の掲載広告を売る立場(利害関係あり) |
| Apartments.com | 回答者の43%が「実物を見ずに借りる可能性が高い」と回答 | 2026年7月公開・米国の賃貸検討者ら約2万7千人(次に借りる予定の成人1万6千人+直近で部屋探しを終えた約1万1千人)の意向。調査の実施時期は記載なし。同社は賃貸の掲載広告を売る立場(利害関係あり) |
| NAR | 買主側エージェントの43%が「バーチャルツアーは顧客にとって重要度が高い」と回答(写真73%・実物のホームステージング57%・動画48%に次ぐ4位) | 2025年2月・有効回答1,266件・誤差±2.75%。米国の住宅売買の調査で、賃貸でも民泊でもない。成約行動ではなくエージェントの評価 |
| リクルート | オンライン内見の実施率37.4% | 2024年度・首都圏1,264サンプル。「オンライン内見」の定義なし |
| Liu & Roehl (2025) | 「広告の正確さ」の満足度のみ有意に上昇 | 査読論文。民泊(Airbnb)が対象。ツアーありの処置群は55件と少数 |
回答数の単位(人・件・サンプル)は、各発表元の表記に合わせています。
Googleの有名な数字は2015年の意向調査
Google Street View の公式サイトに置かれた資料に「写真とバーチャルツアーが付いた掲載は、興味を持たれる可能性が2倍」とあります。ただし同じPDFの5ページ目に調査方法があり、2015年7月21日から8月2日、過去30日以内にレストランかホテルをオンラインで探した消費者への調査、有効回答1,201人。ツアーのある掲載とない掲載を作り分け、回答者が「予約したい度合い」を自己申告で評価したものです(Google「The power of media-rich map listings」)。測っているのは予約意向で、予約数ではありません。
資料のどこにも調査国の記載はなく、「米国の調査」として引用するのは踏み込みすぎです。対象がホテルとレストランの掲載である点も見落とされがちで、不動産物件の掲載を測ったデータではありません。
Zillowの数字には「優遇表示」が混ざっている
Zillowの公式ページには、掲載中の物件でインタラクティブ間取り図付きのものが、Zillow上の条件の似た近隣物件と比べて平均43%多くページビューを得たとあります。保存は平均49%増、共有は平均47%増です。原文は 43% more page views 49% more saves 47% more shares で、3つとも compared to similar nearby listings on Zillow without an Interactive Floor Plan という比較条件が付いています(Zillow「Zillow 3D Home」)。同ページは機械的な取得を弾くことがあるため、2026年9月時点に公式ページで確認した表記を添えています。
見落とされがちなのが同じページの脚注で、測定対象は「インタラクティブ間取り図+バーチャルツアー+Zillow内での優遇表示」の3点セットだと書かれています。原文は include interactive floor plans, virtual tours, and specialized exposure on Zillow です(Zillow「Zillow 3D Home」の脚注)。Zillowが自社の検索結果でその物件を目立たせた効果が混ざっているということで、ツアー単体の効果ではありません。引用するならこの注記まで併記が必要です。
なお以前よく引用された「閲覧+60%・保存+79%」は、現在の公式ページには載っていません。現行の公表値は上の3つです(Zillow「Zillow 3D Home」)。
日本のデータは「何を指すか」が決まっていない
リクルートの調査では、2024年度・首都圏のオンライン内見の実施率は合計37.4%(オンライン内見のみ28.3%、対面との併用9.1%)で、2020年度以降で最も高い水準でした(リクルート「2024年度 賃貸契約者動向調査(首都圏)」)。本調査は2025年6月6日から24日、有効回答1,264サンプル、実施機関は株式会社マクロミルです。
ただし同じ資料に「『オンライン内見』については、調査票上では特に定義や例示はしていない」と明記されています。ビデオ通話も動画も360度ツアーも区別されずに混ざった数字で、「360度ツアーの利用率」として引用すると誤りになります(リクルート「2024年度 賃貸契約者動向調査(首都圏)」9ページ)。
同じ調査には、契約までに見学した物件数も載っています。2024年度は平均2.6件で前年度と同じ、2005年度の4.9件から緩やかに減ったあと、2019年度以降は同水準で推移しています(リクルート「2024年度 賃貸契約者動向調査(首都圏)」6ページ)。足を運ぶ件数は減り、その手前の絞り込みは画面の上で起きている、という見立ては立ちます。
査読論文で有意差が出たのは「広告の正確さ」だけ
査読付きの学術論文に、Airbnbの掲載データを傾向スコアマッチング(条件の似た物件同士を対にして比べる統計手法)で分析したものがあります。バーチャルツアーを追加した物件は「広告の正確さ(advertising accuracy)」に関する宿泊者の満足度が有意に高くなっていました(Liu & Roehl (2025), Journal of Hospitality and Tourism Management)。
但し書きが重要です。全体体験・チェックイン・清潔さ・コミュニケーション・立地・コスパといった他の項目には有意な影響が見られず、データも6万1,905件のうちツアーありの処置群は55件だけでした(Liu & Roehl (2025))。一般化はできませんが、方向性としては「何でも良くなる道具」ではなく、載せた情報と現地の一致度を上げる道具だと読めます。
事例として読むもの:成約率の話
リコーの事例ページには、ある賃貸管理会社の専務の発言として、通常は問い合わせ10件に対し成約1件程度=約1割のところ、自社では成約率が3割から5割まで上がってきた、という趣旨の記述があります(RICOH「THETA 360.biz」導入事例)。
ただし1社の自己申告で、測定方法・期間・比較対象は書かれていません。同社は昼夜の撮影の切り替えや全画像への実測サイズの注記付与など多数の施策を併用しており、ツアー単体の寄与には分解できません。「こう語っている事例がある」以上には読めない数字です。
使えなかった数字も知っておく
よく引用されるのに、そのままの形では使えなかった数字です。書く前に確認しておくと事故が減ります。
| よく見る数字 | 確認した結果 |
|---|---|
| 予約サイト系メディアの「若年層は◯◯%予約しやすくなる」 | 出典が「Google statistics」とだけ書かれ、調査名・実施年・件数の記載なし |
| ツアー計測ベンダーの「より高く、より早く成約」 | 自社の販促ブログのみ。公開論文へのリンクがなく独立検証できない |
| 大学の研究とされる「需要が上がり年間◯◯ドル増収」 | 一次資料はZhang, Lee, Singh & Srinivasan (2022) Management Scienceに到達できた。ただし対象はAirbnbが手配したカメラマンによる「認証済み写真」=通常の静止画で、360度ツアーではない。論文の公表値は稼働率+8.98%で、広報記事(PSC「A Picture is Worth a Thousand Dollars?」)経由で出回っている「需要+7%・年4,141ドル」とは一致しない |
| 観光庁・国土交通省の公的統計 | 360度ツアーの掲載効果を扱った公的統計は見つからなかった |
自分の物件で確かめる
外部データがここまで頼りない以上、最後は自分の物件で測るのが早道です。
- 公開前の2〜4週間、閲覧数・保存数・問い合わせ数を記録する。OTAの管理画面の数字で足りる。
- ツアーを公開する。この前後は料金・写真・タイトルなど他の要素を動かさない。
- 公開後の2〜4週間、同じ指標を同じ方法で取る。
- 同じ2つの期間について、前年の同じ時期の数字か、ツアーを載せていない自社の別物件の数字も並べる。
閲覧数も問い合わせ数も、季節と料金設定で大きく動きます。「公開後に増えた」だけでは季節要因と区別できません。並べた比較対象が横ばいなのに自分の物件だけ動いたとき、はじめて手がかりになります。
判断の目安も先に決めておいてください。問い合わせが月10件に満たない物件では、数件の増減は偶然の範囲に埋もれます。その場合は期間を2〜3か月に伸ばすか、条件の近い複数物件をまとめて数えます。それでも他の変化はゼロにできないので、数字が動いても「たぶんこの影響が大きい」以上のことは言えない前提で見てください。
ツアーに何を入れるか(根拠の強さ別)
作るときに迷ったら、優先順位の目安として使えます。1〜2行目は「見たい/関心がある」という意向調査の回答、3行目は査読論文の示す方向から導いた作り方、4行目は360度という形式から来る撮影上の理屈です。いずれも載せれば予約や問い合わせが増えるという意味ではありません。
| やること | そう言える根拠 |
|---|---|
| 間取り図をツアーに組み込む | 借りる部屋について見たい情報として間取り図を挙げたのが63%(最多は実物の写真74%)(Apartments.com) |
| 収納の内寸や壁面の長さなど実測値を説明タグに入れる | 専有面積や各部屋の寸法を見たい層が47%(Apartments.com) |
| 部屋の中心だけでなく入口・収納の前・窓際からも撮る | 「広告の正確さ」の満足度が動いた研究の趣旨に沿う(Liu & Roehl (2025)) |
| 撮影前に私物・ゴミ箱・充電コード類を片付ける | 360度は画角を選べず「写さない」という選択ができないため |
間取り図と写真の数字は、いずれも原文の 74 percent saying they want to see online photos of the exact unit they're considering と Renters also want to see unit floor plans (63 percent) に当たります(Apartments.com「How Renters Decide: Top Considerations in 2026」)。同じページには別文脈の63%(部屋固有の情報を「極めて重要」とした割合)も出てくるので、引用するときは取り違えに注意してください。
撮影にかかる時間の目安
撮影にどれくらいかかるかを示した公表データは、日本の民泊やレンタルスペースについては見つかりませんでした。参考までに、ぐるり360では提携カメラマンによる撮影の目安を、部屋数に応じて60〜90分としています。
まとめ
- 手元の掲載文や提案資料にある「◯倍」「◯%増」の出典を、発表元のページまで遡って確認する。辿れないものは外す。
- ツアーを作る・直すなら、間取り図と実測寸法を優先して載せる(Apartments.comの調査で見たい情報として挙がったのは、実物の写真74%、間取り図63%、内装・仕上げ58%、部屋の説明52%、寸法・専有面積47%など)。
- 公開の前後で2〜4週間ずつ、同じ指標を同じ方法で記録する。比較は前年同月か、ツアーを載せていない別物件と並べる。
360度ツアーは、載せれば数字が動く装置というより、期待と現地のズレを減らすための道具に近いと言えます。今回の調査から言えるのは、そのくらいの範囲です。制作を外に頼む選択肢のひとつとして、ぐるり360でも民泊・レンタルスペース向けのツアー制作に対応しています。
いずれにせよ、効くかどうかは自分の物件で測るしかありません。まずは公開前の2週間分の数字を控えるところから始めてください。
出典
- Google「The power of media-rich map listings」(PDF)
- Zillow「Zillow 3D Home」
- Apartments.com「What Renters Want: 10 Key Stats from New Survey」
- Apartments.com「How Renters Decide: Top Considerations in 2026」
- National Association of REALTORS「2025 Profile of Home Staging」(PDF)
- 株式会社リクルート「2024年度 賃貸契約者動向調査(首都圏)」(PDF)
- Liu, H. & Roehl, W. S. (2025) Journal of Hospitality and Tourism Management
- RICOH「THETA 360.biz」導入事例
- Zhang, S., Lee, D., Singh, P. V. & Srinivasan, K. (2022) Management Science